引き寄せ科学おさらい その2 良く考えると怖い量子力学

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さて、ちょっと間が開いてしまいますた。前回の続きです。
↓前回はこちら。
引き寄せ科学おさらい ド・ブロイおじさんさんの動画

量子力学が導きだす答えははっきり言えば異様です。
よくよく考えると怖くなってくる話なのです。

ぎゃ、ぎゃぁぁ
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ガクガクブルブル。
書いていてワタスも怖くなってきてしまいますた。
震えつつも、分かりやすく書こう努力しますたので読んで見て下さい。

さて、前の二重スリットの話は結局何が不思議かというと

波なら普通に以下のような干渉縞ができますよね。
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これは普通に直感で分かる話です。

でも、電子は粒(つぶ)。粒子でしょ?
なんで波と同じように干渉縞が出来るんだ?

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1個1個、電子を発射しているのに、粒子が壁に当たった跡の場所の分布が、なぜか干渉している。。
これはどういうこと?という不思議な話なのです。

つまり、干渉縞が起きると言うことは、
電子はスリットを通る前は1つの粒子だけど、スリットの前で波になって

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同時に2つのスリットを通り抜けて干渉を起こす。
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そしてまた、スクリーンにぶつかる時に1個の粒子に戻ると言う話になってしまうのです。

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で、本当に同時にスリットを通ったか確かめようと観測を始めたとたん、電子の振る舞いは普通の粒子に戻ってしまい、干渉縞がおきなかったのです。

この二重スリット実験により、科学者たちは、1個の粒子が、観測していないときは波のようになって、2つのスリットを同時に通ったのだというヘンテコな解釈をせざるえなくなったのでした。

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つまり電子はあそこにもここにもある。見てない時には、どこにでも同時に存在するもの。
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物質とは観測されていない時点ではフワフワ、モヤモヤ。何だか訳の分からないどこにあるか分からない波で、誰かに観測された時点で粒子となる。

こういうだるまさんが転んだみたいな解釈をせざる得なくなった。
これをコペンハーゲン解釈と言います。
デンマークのコペンハーゲン大学の人達が唱えた解釈と言う事でそういう名前がついたのでした。

さて、その後、シュレーディンガーさんという人が出て来ます。
シュレーディンガーさんは波動方程式というものを発見した人でした。

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エルヴィン・シュレーディンガー(オーストリア: 1887 – 1961)

シュレーディンガーは ド・ブロイの物質波 (ド・ブロイ波) の アイデアに興味を持ち, この波動がどのような 方程式で 記述されるのか検討した結果, 1つの波動方程式を得ました (1926). これがシュレーディンガーの波動方程式です. 通常は単にシュレーディンガー方程式と呼ばれています.シュレーディンガーの波動方程式。
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上に示した シュレーディンガー方程式 をさまざまな系 (例えば水素原子) に適用し, その結果が 実験データに 見事に一致することが わかり,シュレーディンガー方程式が 「量子力学」の基本方程式 であり,ミクロの世界を支配する 基本原理であることが 分かって来ました。確かにこの基本方程式 を使ってミクロの世界の さまざまな構造が,見事に説明できました。
この波動方程式によって電子やら原子やらの粒子はどこら辺で観測される確率が高いのかを計算することができた。

しかしシュレーディンガーさんという人は変わった人で、自分でこのような波動関数を発見しておきながら、この量子力学の考え方が好きではなかった。結局、シュレディンガーさんはこんなヘンテコな量子力学などという学問に携わって損したと後に量子力学をやめてしまいました。

シュレーディンガーさんが、このだるまさんが転んだ解釈=コペンハーゲン解釈をやりこめるために以下のようなパラドックスを考えました。

これは、有名なシュレーディンガーの猫というパラドックスの話です。

良い説明があったので張ります。

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/index.html

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この「シュレディンガーの猫」の思考実験では、
・電子が位置Aにあるとき → 毒ガスでる  → 猫は死ぬ。
・電子が位置Bにあるとき → 毒ガスでない → 猫は生きる。
というように、「電子の位置で、猫の生死が決まる」ように関連付けられた装置を想定している。

ここで、量子力学のコペンハーゲン解釈では、観測していない電子は、『位置Aにあるかも』 『位置Bにあるかも』 といった複数の可能性として、同時に存在していると考えているのだから、
「その電子の位置によって、生死が関連付けられている猫」だって、当然、『生きているかも』 『死んでいるかも』 といった複数の状態として、同時に存在しているということになるはずだ。(だって、電子の状態で、猫の状態が決まるのだから)

しかしながら、「生きている猫」 と 「死んでいる猫」が同時に存在するなんて、日常的な感覚としては、「ありえない」ように思える……。
結局、目に見えないミクロの電子が、「複数の状態で、同時に存在している!」
と言われても、「へぇ~、そんなもんなんだ~」ぐらいの印象しか持たない人だって、電子が猫に置き換われば、「ありえないよ!こんなの明らかにおかしい!」と思うわけで、シュレディンガーの狙いもそこにあった。
ようするに、シュレディンガーは、「量子力学というミクロの物質についての不可思議な理論が、 猫とかのマクロな物質にまで影響するような実験装置」を考えることで、量子力学が、いかにメチャクチャなものであるかを示したかったのだ。

つまるところ、結論として、量子力学のコペンハーゲン解釈が正しいのだとしたら……、
観察する前の1匹の猫が、『生きている』 『死んでいる』 という複数の状態として、同時に存在しているという、あまりに常識ハズレなことを受け入れなくてはならない……。

普通に考えれば当たり前の話です。猫は観測しようがしまいが、死んでるなら前から死んでるんであって、生きてるなら前から生きてる。
観測する前は生きてるのと死んでるのが重なった状態。猫を観測した時点で、生きてるか死んでるのかどちらか確定するなんておかしい。そういう至極当たり前の突っ込みをシュレーディンガーさんはしたのですた。

さて、ここにまた既知外博士が登場します。
ノイマン博士です。

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ジョン・フォン・ノイマン (19
03-1957 オーストリア ブダペスト)

スタンリーキューブリック監督の「博士の異常な愛情」という映画のモデルとも言われる科学者。
コンピュータの発明に貢献し、「コンピュータの父」と呼ばれるフォン・ノイマン博士が、「シュレーディンガー方程式という数式」をどんなにいじくりまわそうと、物質の状態が確定するような答えを導き出せないことを数学的に厳密に証明した。
そう。結局、量子力学の数式のなかでも、物質の状態がひとつに決まることはなく、やっぱり可能性のまんまだということが数学的にも証明されたのである。

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/index.html

そこで、数学者のノイマン博士は考えた。

「はっ!わかったぞ!」

「どうしたんだ、ノイマン」

「謎がとけたんだよ。
いいか、まず、量子力学では、
猫は「生きている/死んでいる」という状態が重なり合って、
多重に存在している、と述べている。
だが、その状態を確定させる要因が、
量子力学、つまり物理学のどこにもないんだ。

「ああ、そうだったな」

「でも、それなのに、
『人間』が観測したときにだけ、猫の状態は決まっているんだ。
いいか!『人間』が観測したときだけだ!」

「ま、まさか、ノイマン!」

「そう。人間の『ココロ』が、
『多重に存在していた猫の状態』を決めたんだ!」

上記の話は、笑い話ではない。
ノイマン博士は、
「ココロ」や「イシキ」といった現代物理学では語れないナニカが、
可能性の決定を引き起こしている、と本気で主張したのだ。

もちろん、この主張は、多くの科学者や常識人から、たくさんの批判を受けた。

しかしだ!

物理学で想定している世界観(世界は、「ミクロの物質」と「力」で構成されている)では、
説明不可能なことが現実に起きているのだから、
これは、もう、物理学の世界では想定してしない「未知のナニカ」を
持ってくる以外にはありえない。

そのナニカが、ノイマン博士の場合、「ココロ」とか「イシキ」とかだったりしただけである。
(ちなみに、ノイマンは、それを「抽象的自我」と呼んだ)

どちらにしろ、問題を解決するためには、
物理学では想定していない「未知のナニカ」を持ってこないといけないわけだから、
ノイマン博士の発想を、単純に笑い飛ばすことはできない。

最後に、もう一度、要点をまとめよう。

・量子力学が正しいのであれば、ミクロの物質は、
ずっ~と「可能性のまんま」であり、位置とかの状態が決まることはない。

・でも、事実として、『人間(この私)』は、どの物質を観測しても、
「位置Aにある」とか「位置Bにある」とか、ひとつの可能性だけを認識している。

というわけで、この矛盾のツジツマを合わせるために、

「人間のココロは、量子力学(物理学)を越えた特別な存在であり、
人間が観測すると、物質の状態は決まるのである!」


と考えたのである。

それは、あまりに『人間』を特別視しすぎた突飛な主張のように思えるが、
この考え方だって十分にツジツマがあうのだ。

さてさて、恐ろしい話になって来ますた。

物質ってさ、観測した時だけ振る舞いを変えるんだよ。
それも人間が観測した時だけなんだよ。

これが怖い。

つまりその。。
あんた。それって。。

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長くなってしまったので続きます。

本当にありがとうございますた。

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