東京に来ています

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さて、東京に来てるのですが。
ワタスはいつも東京に来て思うことがあります。

これは2007年に書いたワタスの記事です。
その当時は投資ブログをやってました。

2007年4月
さて、ゴールデンウィークだったので妻を伴い食事に行ってきますた。
行ったのは、今や流行の東京ミッドタウンというところですた。
和洋折衷なおしゃれな店が立ち並ぶすてきな空間です。

しかし、ワタスはそういうきらびやかな風景を眺めながら、
ぼんやりとまったく逆のことを感じながら歩いていますた。
この世の中も長くはないということです。

ああいう東京ミッドタウンのような所に潤沢なお金をかけて
きらびやかに飾り立てる資金があると思いきや、
一方で最近寝るところにも困るようなワーキングプアな
若者がいる。
最近ではネットカフェやらマックなどに寝泊りする
フリーターの若者がいるとのことですた。

なんたる格差でしょう。
もちろんいつの時代にもこういう格差はありますた。
江戸時代などは天保の大飢饉というのがあって
武士階級は死にはしませんでしたが
多くの農民が餓死したといいます。
昔はもっとひどかったかもしれません。

しかし、これだけ文明が発達し、科学も発達し、
物があふれかえり、グルメ番組が垂れ流され
飽食の時代と言われる現代社会においても尚、
まだこのようなひどい格差があるということが不思議でなりません。
この現代社会のいびつさ。
そのいびつさだけが際立ってワタスの目には映るのですた。
たとえ東京ミッドタウンなどというおしゃれな場所で食事を
しようともこういう格差社会に考えが及ぶと幸福感を
感じられないではないですか。

だいたいワタスは前々からおかしいと思っていたことに
何かを所有するという行為。
この土地は私のもの。この会社は誰々のもの。この家は俺のもの。
この洋服は私のもの。
しかし、良く考えてみて下さい。これだけ物が溢れる社会において
何か特定のものを所有する。
つまり土地でも車でも洋服でも、誰か特定の個人の所有物に
してしまうということに違和感を感じませんか?
この社会はいかに何かを自分のものにするために皆一生懸命
汗水たらして働いています。

われ先に争って良い物を身に着けようとがんばります。
しかし、そもそもそんなに何かを所有するという行為が必要なのか。
車でも何でも買っても使わない日があるでしょう。
車など置き場所に困るぐらい道端に溢れています。
ならば、使わない日は誰かに貸せばいいではないですか。
共同保有にすればよいではないですか。
洋服だって一度着たら飽きて捨てるような金持ちもいるのですから
着たら誰かにあげればいいではないですか。
実は首都圏などの空き部屋率などすごいのです。
空きがあればネットカフェ難民、マック難民にタダで
使わせてあげればいいではないですか。
この世の中には物が溢れかえっているのです。
こんなに車でも空き部屋でも洋服でもなんでも在庫が
有り余っているのだからタダで配るか共有して使えば
全員にいきわたるではないですか。
実は捨てるのに困って不法投棄する輩もいるぐらいです。
最初から競争なんて必要ないではないですか。

あたかもみんなで馬鹿げたゲームをやっているようです。
ワタスがやっている先物などもネットで誰かと資産の
綱引きゲームをやっているのですから偉そうなことはい
えないのですが、何か元々楽で安心して暮らせる社会を
自分たちで厳しくしているように思います。
社会は甘くないと言いますが、勝手に自分たちで
厳しくしているのように思えるのですた。

この無駄が多く、いびつな社会。
このような訳の分らない病んだ社会システムは長く
続くわけがないとワタスは思います。
このような自然に反した社会は
当然それ相応のしっぺ返しを食らうのです。

ワタスは人は実は物を追いかけているのではなくて
心の隙間を埋めようと努力しているように思えます。
全てを所有しないと気がすまないという人は、実は
自分の不安感を埋めようとしているのではないかと思います。
物そのものにたいして必要性を感じているわけではないのです。
全てに対して不信感があるからではないですか。
人を信じる心さえあれば、共有することができるのでは
ないですか。
もっとお互いに信じあえる社会を作れば何かを所有する必要など
ないように思います。

どこかの会社の株をとにかく買い占めて自分の所有物にする。
熾烈な競争社会に生き残るためにとにかく競争して
相手を傘下に治める。
こういうことをやる意味があるのか。
エネルギーの無駄づかいではないですか。
こんな馬鹿げたゲームをやって人間は暮らしているのです。

もうそれほど長くはない。
そういうことをぼんやりと考えながら東京ミッドタウンを
歩いていますた。
きらびやかな風景を見れば見るほど
逆に非常に気分が落ち込んでしまいますた。
このまま景気が長続きし、平和な時代が続けば良いとワタスも思います。
ワタスだけが取り越し苦労のイカレチンポな老人なら
それに越したことはありません。
今日は時間があったので長々と書いてしまいますた。

これはリニューアルした渋谷デパ地下の風景
20_px240.jpg

いつも東京に来て思うこと。
ものが極限まで溢れ、そして、それに反比例するかのように。
極限まで人の心が空虚になっている街。

電車にのってもシーンとして人々はスマホばかり見ています。
そのスマホの中には膨大な情報が流れています。
おいおい。
そんなに情報をとりいれたら何が本当か分からなくなるでしょう。
物や情報が溢れかえる世界。振り回される人々。

妊婦が目の前に立ってるのに、席も譲らずスマホに熱中する人。
人の心は情報の多さに反比例して、分割されていきます。

もし、地震が来てこの状態が崩れたとしても。
それは自然の優しさだ。

いい加減、もうお止めなさい。
もう、おバカなことはもう十分やったでしょう。

また、お互いに寄り添い
弱いものが寄り添って、仲良く暮らしなさい。
元の世界に戻りなさい。

そう言ってる気がするのです。
ワタスは、6年前にそれを感じた。

考えるな感じるんだ。
自分の直感を信じて、全てを捨てて長野の田舎に引っ込んだ。

今、改めて思い出したことでした。

本当にありがとうございますた。

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