イダイケ夫人の物語

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さて、皆様は嫌な出来事、嫌な人物に会った時どうしますか。

相手を倒そう、あいつのせいでこうなったんだ、悪い人をぶったおそう。
もちろんそういう外界をしきりに攻撃する人がいます。
ネットではそういう言葉に溢れていますよね。
そっちの声の方が大きく目立ってしまうのですが。

でも、サイレントマジョリティ。
本当は大多数の人は気づいているのです。
自分の考え方、世界のとらえ方を直そう。
静かにもの言わず、自分の認識を変えよう。
そう努力する人々も増えている。

最近は、両者に大きく分かれて来たように思います。

最近、ワタスの妻が仏教の本を買って読んでいたので驚きますた。

ぇえ?

妻は、昔から、とにかく問題はワタスにある。
何か問題があれば、ワタスを非難、攻撃する人でした。
あなたのせいでこうなったのよ。
なんとかしなさい!

はっ。すみません。
いつもワタスはそうすると、コタツやおトイレに逃げこんで股間を小刻みに震わせている人でした。

でも、なぜか最近、妻は角がとれて丸くなってきた。
ワタスを責めるだけじゃ何も解決しない。
ワタスを責めれば責めるほど、ワタスはコタツの中に丸くなって出て来なくなる。
問題が解決しなくなる。
そういうことが分かる年頃になったのかもしれません。

ワタスもその本を読ませてもらったのですが
以下のような感銘する物語が載ってました。

2600年前のインドの王国の話でした。
イダイケ夫人というその昔インドにいた美人のお妃さんの話が載っていますた。
極悪な奥さんの話です。

ちょっと感銘を受けたので載せますね。
これはネットに転載された同じものをコピペしたものです。

長いですが、興味がある方はお読み下さい。

約二千六百年前、印度で最強を誇っていたのは、ビンバシャラ王の支配するマガダ国であった。
彼は大王として覇を四隣にふるっていた。

その妃はイダイケといい、艶麗花のような女性であったという。
夫妻は王舎城に住み、何不自由のない暮らしは、幸福そのものと思われていたが、他人には言えない悩みがあった。

ながらく、実子がなかったからである。世の中には子供のないことを悩んでいる夫婦があるが、とくに権力者にとっては深刻な問題であるらしい。

亡きあと権力をうばわれる無念さと、その報復を恐れるからであろう。威勢を誇るビンバシャラ王夫妻も、寄る年波に前途を思いめぐらせると、心中の不安はひととおりではなかった。

悩んだ結果、最高権力者も、占い師にすがるしかなかった。不安は常に、人を迷わせる元である。

切実な王夫妻の訴えに、占い師は思案のあと、神妙にこう言った。

「ご心配あそばされますな。やがて御子がお生まれになります」
「おお、それは本当か」
身を乗り出す王夫妻に、
「私の見るところ、山奥で長年修業している老人の寿命がつきると、御子が生まれられることになっております」
大変よろこんだ二人は、
「して、その修業者の寿命は、どれほどか」
「あと五年でございます」
五年と聞いたとたんに、二人から笑顔が消えた。
 とくに、イダイケ夫人の落胆は激しかった。子供の産めない年齢に迫っていたからだ。もう、待てない。はやく子供が欲しい、イダイケ夫人の忍耐も限界にきていた。
「それでは私こまるわ。なんとか早くならないの」

続きは、下の「続きを読むから」どうぞ。

どんな時代でも人間がやっていることは同じようなことです。

心の平穏。真の幸福とはどこから来るのか。
外界を追い求めるところからは決してやって来ない。

集中すべきは心の中の光。
そういう話でした。

感銘を受けたので載せますた。

本当にありがとうございますた。

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