本当に賢い人とは 名前のない村について

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さて、最近、更新頻度が落ちますた。
最近、ワタスはネットを離れて美術館めぐりなどをしています。
この間はジャンセン美術館というところに行って、帰りに天然ラドン温泉に入ってきますた。
芸術に浸って、温泉に入る。
もうワタスは完全にヒャッハー。
嬉し嬉し側の住人になってます。

ネットなどやると心が伝染するというか。
いろいろな情報を仕入れると苦し苦しの世界の雰囲気に飲み込まれてしまうというか。
もう大地震がどうのこうの、予言がどうのこうのもあまり興味がない。
これから来ることは分かりきっている。

精神科医で多数の著作もあるエッセイスト香山リカさんをご存じでしょうか。
ちょっと前ですが以下のような発言をしていますた。

日経ウーマンから
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20120125/117201/?P=2
ネットで「猜疑派」が増えるワケ

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私の発言に関して「カネをもらっている」「利権が絡んでいる」などと、面と向かって誰かに言われたことはない。実名の手紙の場合でも、そういう内容が書かれていたものはない。したがって少なくとも私への反響を見る限り、これはおそらく「ネットならでは」と言ってよいだろう。
 だとすると、ここからさらに考えられることはなにか?
 ひとつは、「ネットには猜疑心の強い人たちが集まっている、あるいは積極的に掲示板などにコメントを書き込む人たちは疑い深い」ということだ。もちろん、これを証明する手立てはない。あくまで印象としての仮説だ。
 たとえば、ものごとを100%全部信じたイノセントな意見をネットに書き込むより、「あの発言の背景には○○がある」などと書き込むほうが、「自分は事情通」な空気をネットの他のユーザーに発信できる。いわば自尊心を満足させる。そういう面があるだろう。
 また、掲示板やツイッターなど短文でしかも短時間に議論する場合、負けそうになるとか自分がよく知らない問題に関しては「あれは利権だろ○○の」と根拠レスの思いつきを書いておけば、「オレは無知」などと自尊心を傷つけることなくその場をやり過ごすことができる。
 こうした経験が積み重なると、自然と猜疑型ネット人格に遷移していくのではないか。

ネットの中に悪想念が渦巻いている。
日本人の場合、面と向かって罵詈雑言を言うというより。目の前ではニコニコ。へらへら。
そうですか。それは素晴らしいですね。まったく喜ばしい限りです。ご清栄をお祈りしています。それでは失礼します。
そういって面と向かってはニコニコ笑顔で振舞いながら自宅に帰っては、あの野郎!この×○△野郎!などとネットの掲示板に罵詈雑言を書き連ねています。

善意で何かをやる人は取りつかれて潰されてしまったりします。
良く攻撃されて潰されてしまったブログを見かけますが。
悪ばかりの世の中です。

ワタスも年初にコンサートをやったのですが。
たかだか入場料3000円程度のコンサートをやっただけなのに、詐欺だとか金儲けだとかいうバカバカしいデマッター野郎も出てきたのを覚えてます。つくづく世の中、狂ってるなぁ。と思ったものです。

今の風潮。
猜疑心が強いこと=賢いという認識になってます。

ワタスの感覚が多くの人と逆なのかもしれませんが。
ワタスから言わせれば、誰もを疑う。
ネットであらゆる知識を仕入れて、全てを疑う。
現代社会。それが賢い生き方のようにも思えますね。
オレオレ詐欺が蔓延してます。平気で放射能入りの毒物を売ってる。
だから当たり前の自衛手段だと思います。

しかし、ワタスから言わせれば、すっかり奴らにだまくらかされて
お互いに不信感を持つように仕向けられた可哀想でお馬鹿な人達の群れにしか見えないのです。

実は。これこれこういう裏があるんだよ。
本当はお金をもらっているんだよ。陰口を言う人達。
そういうことをしたり顔で話す人を賢いと思う雰囲気。そして、あたかもそれが賢いことのように言うブログ、ツイッター。
ワタスはそっちはもう卒業しますた。

皆様は本当に賢いというのがどういうことだと思いますか。
以下はワタスが本当に賢い人達と思う動画です。
笠智衆さんの演じる黒澤明の夢
名前のない村
という短編。

ぜひご覧ください。

Düşler su değirmenleri köyü (village of the… 投稿者 tfnopi

この村はの名前はなに?
あんだってーー? 名前なんてないよ。と答える老人。
どこに住んでるの?
どこにでも。住所なんてないよ。
ちなみにお金ももってないよ。くほほほ
馬鹿のようになって呆けたように暮らす。
安心しきって暮らす。お互いを信頼しあって暮らす。
本来はそちらが一番賢いのです。
本来は日本はそちらだったのです。

それが、現代社会は賢く生きなければ。
疑心暗鬼になってお互いに不信を持ちながら豺狼のような心で暮らしている。
裏事情に詳しい人を賢いと思う人々。訴訟のための法律を詳しく知ってる人を賢く思う人々。
必死に学の神に頼ろうとしている。
何の役にも立たないレッテルを多く知ってる人を知識人、賢い人だと勘違いしている。
すっかり”Divide and conquer”されてしまった人。
分断され統治されてつくしています。
そして猜疑心いっぱいになって暮らす人の逃げ道はお金だった。
お金だけが信頼できる。

おいおい。そこに逃げるの?
馬鹿も極まれり。
そこは、奴らが振りまいた紙っぺらがあるだけじゃないか。
紙っぺらに素晴らしい価値があると思わせる。それこそ、この世の最大のペテン。
そこに逃げ道にを求める人々。

もういい加減に気づいたらどうでしょうか。もう終わりが来ているというのに。

先日、18名も助けた自衛官の話を書いたら、多くの読者さんのりツイートがあり拡散してくれたようです。
多くの人がこの動画を見て感動した。
もし、ちょっとでもこのニュースに感動する心があるなら。

本当は、あなたはとびきり優しくてあなたは素晴らしい人だ。
あなたはダメな人でもないし、悪い人でもない。価値のない人でもない。疑い深い人ではない。
あなたはただ恐かっただけだ。
あなたはただ怯えていただけなんだ。

お馬鹿な世間の知識を追い求めるのではなく心の中の光、羅針盤が導いてくれる。
難しいことはない。
もし宗教で悟りということがあるのなら。
神様という人がいるなら幸せになる道。それを修行という厳しい道にするわけない。
勉強とか。精進とか。そんなものは必要ない。修行も必要ない。単純明快。
どこぞのおばさん、おじさん。渋谷の女子高生だってできる。

人に何かをやってあげる。喜んでもらうえる。それが自分の喜びになる。
嬉し嬉し。純粋な心が広がる。
疑い合い、奪い合う世界から、信じ合い、与え合う世界に。
もうすぐグレンとひっくり返るぞ。
ワタスにはそれが分かる。
あともうちょっとです。

本当にありがとうございますた。

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