お台場のストーンヘンジその他

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さて、昨日はなーんにもありませんですたね。

くほほほほほ。

まぁ、いつもの妄想なので気にしないで下さい。

ところでしつこいようですが。
あの終わりの絵の山。

以下はスイスのマッターフォルン。
そのまんまですよね。

それにしても美しい山です。

img_rsw164.jpg

これも読者様から送って頂きましたがマッターフォルンの初登頂は7.14だったそうです。

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かえるの合掌さん
玉蔵様ご指摘の7月14日、、、この日が初登頂成功の日だったようです。イギリスのチームと父子ガイドの7名で成功したようですが 下山中転落事故で4名の死者を出し文字通り天国から地獄へ真っ逆さま、、、、。
 栄華を極めた文明がこれから奈落の底に突き落とされていくことを暗示しているのでしょうか。。。。
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確かに調べて見ると以下のようですた。

マッターホルンが制覇されたのは、アルプスの他の山々と比べれば最近のことである。これは技術的な困難によるものではなく、この山が霊峰であるということを、初期の登山家達が恐れたからであった。マッターホルン制覇の試みが始まったのは1857年ごろで、多くの登山家はイタリア側から挑戦した。しかし、イタリア側の登山路は険しく、多くの登山隊は岩壁を攻略できずに退散した。

数回の失敗と民族主義的な中傷を受けつつも、1865年7月14日、エドワード・ウィンパー、チャールズ・ハドソン、フランシス・ダグラス卿、ダグラス・ハドウのイギリス人パーティはミシェル・クロッツとタウクヴァルター父子をガイドにして登頂に挑戦し、初めてこれに成功した。このとき選んだヘルンリ尾根を通る登山路は、意外にも他のルートより平易であった。下山中、ハドウの滑落にクロッツとハドソン、ダグラスが巻き込まれ、これによりザイルが切断され、4人は1400m下に落下して死亡した。発見されなかったダグラス卿を除く3人の遺体はツェルマットの墓地に埋葬された。

うーん。やはり7.14なのか。。
とかなんとか。

もう一つ
あのギリシャの彫刻は戦いの神アレスではないかというご意見。
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像は、war-helmet をかぶっており、ジェノサイドと言う言葉も考慮すれば、これは間違い無く 残忍な戦争の神アレスです。 ヘルメットをかぶっているから、ポセイドンではありません。 ふくろうもここでは、知恵ではなく、死、破壊の象徴として画いたはず。 この2つは、ぱっとわかりました。 
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ares.jpeg
確かにこっちの方が似てそうです。。

ところで、この話とは関係ないですが、
あの門の形のテレコムセンターには、都立のシンボルプロムナード公園というのがあるのはご存じでしょうか。

そこに、赤いオブジェがあります。
192363_246150_242749.jpg

ワタスが注目したのはそちらではなく。
その後ろのこれ。
192363_246336_242782.jpg

『ROUND STRUCTURE-』というそうです。『重力の無い杜』/by斎藤史門というそうです。

重力のない杜。。これって、ストーンヘンジじゃないでしょうか。
ストーンヘンジについて書くと長いのでまた別の機会に。

ところで、神戸の門について書いたのですが。
阪神淡路大地震。その直前に日仏友好のモニュメント アルク21。
明石海峡の淡路側の山上に、フランス革命200周年記念事業として、日仏友好モニュメントが建設予定であったが休止されてたというこれ。
kobe1.gif

これも読者様からの情報ですが、あの震災の後、どうなっちゃったかというと。
恋人の聖地モニュメントになったようですね。

予算の関係なのかなんなのか、小っこい門になっちゃったようです。

http://www.jb-honshi.co.jp/press/101119press-1.html

以下のように、このモニュメントから明石海峡大橋と神戸が見えます。
お台場や、横浜と同じ配置ですよね。

101119press-1-a.jpg 101119press-1-b.jpg 101119press-1-c.jpg 101119press-1-d.jpg

まぁ、いつものスカポンチン妄想写真の数々ですた。

本当にありがとうございますた。

 

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