黄金村 ちょうど1年

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さて、黄金村って、去年の12/1に始まったことなんですね。

去年のちょうど今頃はこんなお馬鹿な記事を書いて始まったことなんですね。
集団黄金村構想について
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/archives/1055

別にそう計画してた訳でもないのに、ちょうど1年後に公開とはなんだか不思議な気がしてます。
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ワタスの言ってることは前から同じです。

帰ろう。
あのふるさとに帰ろうよ。

最近は、選挙も近いのでいろいろと騒がしいようです。
どうも皆さんは、外の世界に意識を向けて右往左往するのが好きなようです。
いろんな情報を読むのですが。
でも、2012年末。本当はそういう時期ではないと思っています。
選挙などしてる場合じゃない。
これから日月神示でいうところの大峠に入っていくのだとワタスは思っています。

黄金村とは嬉し嬉しの村にしたい。
あなたが東京で疲れて休みに帰る実家。
女性だったら化粧もしないで、畳に寝転んでゴロゴロしてたでしょう。
ワタスだって、東京の実家にかえったら股間をかきながらテレビを見てるだけですた。
実家に帰ると、何だかしらないけど御馳走が出て来て、畳でゴロゴロしてせんべいでもかじってたのです

そこには人の評価もないし、競争などなにもない。
何が良い悪いなんて関係ない。

あったかくて落ち着く場所。
あなたがあなたのままでいられる場所。

ワタスは子供のころ両親に甘え切って暮らしていました。
甘えん坊でいたずら好きの子供ですた。
転んで怪我をして帰ってきたら、ワンワン泣いて慰めてもらっていました。
安心して甘えて暮らしていました。

黄金村ではいろんな人に会いました。
私が印象に残っている方。

ひとりは高線量で知られる千葉の柏市のお母さんです。
不幸なことに注文住宅を建てた途端に3.11が来てしまった方ですた。
4才と10才のお子さんをお持ちで九州に疎開した方でした。

どうしよう。どこへ逃げたら良いだろう。
母子家庭で生きていけるだろうか。
その方は悩んだあげく、小さい子供の手を引いて母子で疎開を決心したのですた。
今は、幸せに暮らしていらっしゃるようです。

もう一人は、茨城の男性。
その方は奥さんと子供を長野に引っ越させて、自分は単身茨城に残り、長野の奥さんと子どもに仕送りをしているのですた。

政府も守ってくれない。嘘ばかり報道するマスコミ。
誰もすがるものなどいない。
まだ無邪気な小さな子供は誰にも頼れない。
頼るのは親だけです。
誰の手助けもないなかで必死に子供のことだけを考えて生きるお父さんお母さん。

子供が大きくなった時
あの時、誰もが信じられない中、自分を必死に守ってくれたお父さん、お母さん。
あの時代を通り抜けたお父さんお母さんを振り返って子ども達は、こういうでしょう。
お父さん、お母さんはウルトラマンだ。
あの時、僕達を必死になって守ってくれた。
誰がなんといおうとウルトラマンなんだ。
そういうでしょう。

帰ろう。
あの優しい両親がいる場所に帰ろう。
黄金村とはそういう場所にしたい。

大声で正義をがなり立てる訳でもない。
あまりにも静かで優しすぎる波動。
だからすぐにかき消されてしまう。
まったく目立たない。

だけど、この世で最も尊いもの。
この世界を救える唯一の黄金色のパワー

ただ思い出すだけでいいんだ。
心の奥底に眠った黄金の光を思い出すだけでいい。
今はその時期だと思っているのです。
そして、そういう波動につつまれた村にしたいと思ったのでした。

本当にありがとうございますた。

これは伊藤由奈さん Endless Storyです。


Memories of our time together
消さないでこのまま don’t go away
あたたかく溶けだして 確かめるの
優しさのしずく この胸にひろがってく
切ないほどに I’m missin’ you
重ねた手 離さないで

たとえば叶うなら もう一度
あなたのために 歌いたいこの歌を
終わらないstory 絶え間ない愛しさで
tell me why 教えてよずっと永遠に

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