宗教ドグマについて

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さて、そろそろ出るころだろうと思っていましたが。
HAARP大きく振れて来ますたね。
今回は井口先生の分析では日本方面ということのようです。
十分お気をつけ下さい。

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さて大峠の超え方シリーズ 書く前にちょっと注意書きと言うか。
日月神示を良く出すからでしょうか。
このブログにもいろんな宗教を信じる人がやってきます。

かなり前からですね。宗教関係者の人なんでしょうかね。
ワタスにいろいろ指導をして来る人がいます。
こういうことを書いちゃいけない。こういうことを書いて欲しい。
このような金玉などというブログにあれこれ指導してきます。
まぁ、まったく気にはならないのですが、一応書いておきます。

こういうと大変申し訳ないのですが。
本人達は良かれと思って書いてくるのでしょうが、完全に魑魅魍魎。
悪霊になっていますよ。自分が正しいと思うことを押しつける悪霊です。
自分では気づいていないのでしょうが、宗教ドグマにはまって悪魔ならぬドグマ君になっているのです。

例えば、このブログでは過去に一度きりですが有料記事を書いたことがありますた。
あの時はさすがにブロ友限定でも読ませちゃまずいとおもって有料にしたのですた。
まさか誰も読まないだろうと思って有料にしたら思いのほか大勢の人が読んだのでびっくりしましたが。

あの時も、有料にしちゃいけないとか。
商売しちゃいけないとか。
あなたの神は有料記事は駄目だけどアフィリエイトは良いと言ってるんですか?
その人のブログではアフィリエイトはやっていますた。
その線引きはあなたの信じる神様しょうか。随分とネットに詳しい細かい神様ですね。

まぁ、別に商売するつもりはさらさらなかったのであれっきりにしていますが。
自分が勝手に脳内で作り出した規律で他人を取り締まる。
はた迷惑な宗教関係者さん達です。

例えば、あなたがある宗教の信者だとします。
礼拝時はこういう姿勢で礼拝しなさいとか。
例えば、いろんな宗教でイスラム教で一日数回毎日礼拝したり、ラマダンという1年に1ヶ月断食の月があったり。
キリスト教でもいろいろありますね。いろんな宗教にあーしちゃいけない。こーしちゃいけない。いろいろ決まり事があります。敬虔な信者さんはいろんな戒律に従ってまじめに暮らしています。
世の中にあふれるいろんな倫理観。こうすべきだ。こういう人が素晴らしい。
時代によって変化します。国の文化によって変化します。
まぁ当たり前の話ですが単純に言うと人工的なものだと普通に思います。

良くワタスはズボンを履く時、自分のキンタマのポジショニングに迷う時がありますが。金玉のポジションは必ず右にしなさいとか。例えば聖書にそのように載っている宗教があったとして、お前は左にしてるじゃないか。
お前は神の国に行けないなどと言うのでしょうか。

例えばです。
神拝む時は衣まとってはならぬぞ。
若き麗しきおなご、けっして衣まとってはならぬ。反対に年老いたおなご、決して衣ぬいではならぬぞ。
目の毒になるのざからな。

そういうありがたい教義があって、若い女性信者が一糸まとわぬ姿で礼拝する宗教があったとします。
女性信者は本当に信じてそう礼拝するのでしょうか。
もしそんな宗教があったらワタスは明日でも入信します。
ただ、もし本当にそんな宗教があったら普通にとんだエロ宗教だと思うだけです。
こんな人工的なものを信じていては目が曇るのも当然です。

昔のキリスト教では免罪符といって、どんな悪いことをやっても教会に一定額の寄付をすれば
神の国に行けるなどと教会が免除しますたね。それを免罪符と言ったのですが。
こういういくつかのしきたりに沿うことで、心の中で自分は大丈夫だ。
敬虔な信者だから大丈夫だ。などと自分で免罪符を与えているのでしょう。
これこれをまじめにやっていれば大丈夫だ。
教義そっくりそのまま信じてその通りにやろうとする人をキリスト教原理主義とかイスラム教原理主義とか。
そういうのを原理主義者というのでしたよね。
過ぎたるは及ばざる如し。こういうことわざがすっかり当てはまる人達。
まぁ、要するに題材が宗教になっただけで自分のことばっかり考えるようになった人達ということです。

人間が勝手に作り出した都合の良い宗教ドグマ。
一般社会のスカポンチンな物差しとは違うかもしれませんが、外界の物差し、人工的な物差しに変わりない。
そんな人工宗教に洗脳されればされるほど、もっとも神様と離れた存在になるとワタスは思っています。

まぁ、世の中にはいろんな宗教組織があります。
ワタスのブログも日月神示などを書いているのでそういう組織から仲間と思われているのかもしれませんが。
宗教組織には、一般信者がいて、出家信者がいて、高弟たちがいて、頂点に教祖がいます。
いろんな宗教団体の上の方には、その教義を諳んじているような博学な高弟たちがいます。
そういう組織の上の方にいる人達に聞いてみたいものです。
偉そうにスカポンチンな宗教組織の中で振る舞っていますが、組織や自分の地位を守る方を優先するか、人を助ける方を優先するか。どっちをとりますかね。
宗教のいろんな教義、いろんな難しい経典、言葉は知っている。そんなのは妄想。
人間が勝手に作り出した勝手な定義、物差しに過ぎない。
結局、人工的な理屈にまみれてそういう組織の中で、最も自然から離れてしまうのだと思います。

考えるな感じるんだ。
その人が何を言っているかではない。
その人から伝わってくる何となくの雰囲気。
やさしい笑顔、屈託のない笑顔、その人から伝わる波。

ただそれだけです。
人の嫌がることをやって、何が宗教ですか。
修行?禁欲?いろんな経典を知ってる?
ワタスはちょっとばかり破天荒でも、商売っ気が旺盛でも、街のヤクザ屋さんでも。
人を思いやる心。弱いものを守ろうとする心。やさしい心。
そういう心を持つ人達に心ひかれる。
そこらへんのおじちゃん、おばちゃん、女子高生。笑顔で人に親切な人達。
そこには自然な心。人工的ではない自然な心がある。

ワタスは毎日心がけていることがあります。
ワタスはいつも遠くの綺麗な景色を眺めるようにしています。
そうすると、誰が正しいとか。誰が間違っているとか。
こういう態度が正しいとか。こういう行いは良いとか悪いとか。
正直どうでも良い。

難しく考える必要などない。
自分の心に従うだけで良いのだと思います。
嬉し嬉し。

思い出せ。
変な宗教ドグマから離れ、本来の仲間の元に戻ろう。
遠くの美しい景色を眺めていつも静かに笑っている。
心の中の光、羅針盤が導いてくれる。

本当にありがとうございますた。

もうすぐ9月も終わりです。
松任谷由美さん9月には帰らない

未来が霧に閉ざされていた頃は この潮騒が重すぎて 泣いた
今はもう負けないわ
9月には帰らない

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