日本人の冷静=霊性② JAL機に乗ってた乗客のインタビュー2つ

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ヒャッハー!

さて、1月2日に起きた羽田空港の衝突事故。

機長が最後に出てくるのを見てまた賞賛ですよ。

そんな中、CAさんだけかと思ったら。
乗客も素晴らしかった。

実際にJALに乗ってた乗客のインタビューが出て来てますね。

鬼気迫る雰囲気が伝わってきます。

日本人の冷静=霊性さの発露。

以下はヤフーの記事です。
JAL機に載ってた子連れの男性のインタビュー記事ですた。

「荷物を取らないで!」と叫ぶ声 身一つで逃れた乗客の意外な冷静さ

・・・・

着陸態勢に入り、窓の外を見ていた。

座席は左側の主翼近く。タイヤが接地したかどうかくらいのタイミングで、突然目の前のエンジンが「ドン」と音を立てて爆発した。

さほど時間をおかずに飛行機は止まった。

火の手が広がり、窓の外がオレンジ色に染まった。

エンジンは骨組みが見えるようになった。客室乗務員が「頭を下げてください」と大声で呼びかけた。

窓の外では炎の勢いが強まり、煙も機内に入ってきた。

周囲で「おいおい、大丈夫か」「どうなっているの?」というささやきも漏れる。

機体が停止しているのに、いまさら頭を下げる意味があるのかと思い、頭を上げると、周囲でも多くの乗客が同じように顔を上げて移動する準備を始めていた。

■「こっちのドアはダメです」乗務員の叫び

私の左側の窓際には兄が、通路側に兄の妻が座っていた。

後ろには、窓際から順に3歳の長男、9カ月の次男を抱いた妻、義母。

私は後ろの座席に身を乗り出し、寝ていた長男を抱きかかえた。

前方には客室乗務員が2人いた。

1人はマイクに向かって「キャプテン! キャプテン!」と繰り返し叫んでいた。

もう1人は左主翼のつけ根近くの非常口を確認し、「こっちのドアは炎が近くてダメです」と大声で話していた。

前方からは、「扉を開けろ」とか「早く出して」という声も聞こえた。

しかし、周囲の乗客は比較的冷静で、パニックになっている人もあまりいなかったように思う。

立ったり通路に乗りだしたりして前方を確認している人はいたが、それでもほとんどの人が自席にいた。

乗務員の「席を移動しないでください」という指示に従っていた。

■冷静な乗客たち 自席にとどまる

ドアが開くまでは数分程度はあったように思う。

荷物棚からスーツケースなどを取り出そうとする乗客もいたようで、乗務員が「荷物を取り出さないでください」と叫ぶのが聞こえた。

荷物についての呼びかけは乗務員が何度も繰り返していたし、乗客からも「荷物は持つな」というような声が度々上がっていた。

私は「とにかく子ども2人を何とかしなければ」ということばかりが頭にあり、手荷物のことまでは正直、頭が回らなかった。

やがて前方の非常ドアが開くのが見えた。ところが、われさきに扉に向かって駆け出すような人はいない。

むしろ、「あれ? 扉、開いた?」と戸惑うような、一瞬の空白があった。

すぐに前方の座席の乗客たちが脱出を始めるのが見え、我々も通路に出て前方に移動を始めた。

後ろからも乗客が続々と歩いてきてジワジワと前へ押されたので、家族は離ればなれになった。

パニックや怒鳴り合いなどはなかった。

■見知らぬ男性客が助けてくれた

機体前方左側の脱出シューターを滑り降り、機体の外に出た。

乗客も乗務員も口々に「離れて!」と叫んでいた。

できるだけ離れようと走り去る乗客もいれば、滑り降りてくる人を助けている乗客もいた。

義母が降りる際は、抱っこしていた9カ月の次男を見知らぬ男性客が預かってくれた。

地上に降りてすぐ家族と合流。

女性たちは抱き合って泣いていた。

日刊現代の写真部長をしている。

「あ、これは帰ったら仕事だなあ」と思い、スマホのメモ機能を使って起きた出来事やその時刻の記録を始めた。

しばらくすると乗務員が「もう少し機体に近づいて、10人単位になって座ってください」と指示をして回った。

遠くまで避難した乗客からは「爆発したらどうするんだ!」という声もあった。

午後6時56分にバスが到着し、人数確認をして午後7時17分にターミナルへ出発した。

■母子手帳、お気に入りの人形も消失

私はポケットにスマホと財布、手首にアップルウォッチで半袖姿。

妻は首からスマホをぶら下げ、家族の上着を持っていた。

義母は座席下にあった家の鍵が入った小型ポーチを持っていた。兄の妻はスマホすら持ち出せなかった。

多くの乗客が同様に「身一つ」だった。あの状況で、よく乗客が荷物も諦めて従ったと思う。

家の鍵、妻の財布、私の会社支給のパソコンも無くなった。

仕事のデータもすべて失った。

長男お気に入りのボロボロのカエルの人形も焼けた。

預けていたベビーカー2台も焼け、急病に備えてもってきた母子手帳が無くなった。

出生時の記録や予防接種の履歴も、再発行には手間がかかりそうだ。

手帳には子どものマイナンバーカードも挟んでいた。

それでも、生きていただけでよしと思う。

以下は、集英社のサイトからです。

東大生の女性のインタビューが載ってますた。
吉沢明子さんという方です。

「人生で初めて本気で『死ぬかもしれない』と思うと涙がこぼれました」

・・・

普通席の前から51番目で右翼エンジンの少し後ろでした。

着陸の瞬間にエンジンが火を吹いたように見え、機内が明るく照らされ驚きました。

でもそのときはあれほどの大事になるとは思わなかったんです」

だが、やや急停止するかのようにガガガガーっという振動と共に機体が停まると、事の重大さにじわじわと気づき始めたという。

「『R3開けません!L3ダメです!』そんな添乗員の方の大きな声が聞こえ、閉じ込められてしまうのではないかと急に不安になり、

子どもの悲痛な泣き声や『出して下さい!』といった叫び声も相まって精神が徐々に削られ、今にも皆の理性の糸が切れて、我先に外に出ようと暴走する人がでないか不安が強まりました」

しだいに窓の外で燃える炎の熱さが感じられ、煙が充満する機内。

命の危機を感じた。

「恐怖で足がガクガクと震え、人生で初めて本気で『死ぬかもしれない』と思うと涙がこぼれました。

でも隣に座っていた若い男性と女性が『大丈夫!』と声をかけてきて、手を握ってくれました。

しかも男性はマスクをくださいました。

周囲でも、落ち着くよう諭し励ます声も多く、こんな場面でも立派な方がたくさんいるのだと感動しました」

煙が充満した機内(乗客提供)

特に感動したのは、あの混乱の最中においても譲り合いの精神を持つ人々が多かったということだという。

「私の猫、預けてたんです…」

「後方の席だったので、席を立って通路を走るまで5分以上かかったように思います。

私たちの席の番になったとき、隣に座っていた若い男性が手を引いて列の前に入れてくださり、感謝でいっぱいです。

他にも高齢のご夫婦が若い人たちに避難路を譲っていたのも印象的でした。

避難口までの道のりは本当に長く感じましたが、乗務員の方が足元を照らし続けてくださり、冷静に指示を出している姿に励まされました。

外に出た後も機体が燃え続けているにもかかわらずシューターの下に残り、手を貸してくださる方がいて本当にすごいと思いました。

今回の事故を通して私は人の温かさや立派さというものを感じたのです」

多くの搭乗者が機内に荷物を置いてきてしまった中で、吉沢さんはジャケットを着たまま搭乗しており、

財布とスマホ、そして冬休みの宿題となる英語筆記の論文のテーマにした書籍(英語版の文庫)は持って脱出した。

「でも、冬休み中に論文を書き綴っていたパソコンと、ちまちま買い集めた高めのコスメが入ったバッグを足元に置いてきてしまいました。

一瞬、パソコンだけでも持って出ようと思ったんですが、荷物を持たないように言われていたので断念しました」

今回、話題になったペットについての論争についてもどう思うかを聞いた。

「ペットは物ではもちろんないですが、人命が優先になってしまうのは仕方がないことだとは思います。

今回のことですごく感じたのは当事者じゃない方の声が大きいな、ということです。

機内を脱出後に乗ったシャトルバス内で猫を失ってしまった女性が近くにいらっしゃいましたが、静かに泣いてました。

近くの親子に『大丈夫ですか』と聞かれても『私の猫、預けてたんです…』とポツリと言うだけで、JALへの文句は一切ありませんでした」

SNSなどを中心に広がる批判コメントなどについてもこう持論を述べた。

「私は無責任な発言はしたくないので基本的にSNSでは発信しません。

世の中には自分よりも見識のある専門家や頭脳の優れた人はたくさんいるわけで、自分の浅はかな知識で発信するのは危ないと思っているからです」

今回の事故で強く感じたことは「自分は特別でもなんでもない」ということだという。

「これまでの人生においても、東大に入る時も浪人してるし特別だとか万能感なんかもありませんでしたが、そもそも自分がまさかこのような事故に見舞われるとは思ってなかった。

それにもっと冷静な自分を保てると思ってました。

でも、自分でも意外なほどに心は乱れ涙が溢れ足が震え、新たな自分を知った。

また、譲り合う人たちの姿を見て自分の未熟さも知りました」

機内で燃えてしまったパソコンの中の論文はどうなったのか。

「論文提出期限は1月4日だったんですが、10日に延ばしていただきました。

論文は英字で3000語書く必要があり、機内でも読み返しながら途中まで書いていたのですが、クラウド上に残ったデータは機内で書いた部分が消えていたんです。

期限延期してもらえたので助かりました」

JALからは事故翌日の3日に「1人につき見舞金10万円と預け荷物の弁済金10万円の計20万円を支払うほか、なくなった物も具体的に申告してもらい、額を算出する」と連絡があったという。

吉沢さんは「まだ自分の学びたい学問は決まってないですけど、今回の経験も活かして人に役に立つ仕事に繋がるような、そんな学びをしていきたい」と毅然と前を向いていた。

SNSで当事者でもないのに好き勝手なことを書いてる連中。

でも、そんなの関係ねぇ。

実際の当事者は冷静だった。
そして譲り合ってた。

外国だったら我先に逃げ出そうとパニックになったでしょう。

これから来るグレートリセットで世の中がワヤになる中、

ワタスは、世界を引っ張る日本人の姿を垣間見た気がしたのですた。

感動したので貼っときますた。

本当にありがとうございますた。

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