今、思い出す。雨にも負けずの人

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さて、ちょっとあれやこれや忙しくて更新できませんですた。

ところで、最近思うのですが。
人間と言うのは、なんともあさましいというか。

いつまでたっても飽くことを知らない。
欲望の塊というか。
最近、自分のことをふり返って改めてそう思います。

例えば、ワタスはサラリーマンをやっていた時代は、
もう満員の電車通勤が嫌でしょうがありませんでした。

つぁっ。
ちょっとでも手をお尻に触れようものならこの人痴漢です!
そのように突き出されたら、いっかんの終わり。

ガクガクガクガク
そういうストレスに見舞われつつ、すし詰めで会社まで行く。

ぁぁ。。

はやくこの満員電車にゆられて通勤する境遇から抜け出したい。
それさえかなえばどんなに幸せな気分になれるだろう。
自由になりたい。
月曜日ともなるとかなり気分が落ち込んでいた自分を思い出します。

今や、ワタスは田舎に引きこもって、すっかり満員電車とは無縁の生活をしています。
でも、いざそれが実現してしまうと、

今度は
あぁ。
もっと立派なビニールハウスが欲しいなぁ。
もっと効率の良い農業機械があったらなぁとか。
ちゃんとした家に住みたいとか。
かっこいいハイブリッドカーにのりたいとか。

もう色々出て来ますよね。
もうきりがないというか。

ひとつの段階をクリアすると、また次の段階の欲望が出て来ます。
満足を知らないブラックホールというか。

これが欲しい。これが足りない。

現代社会の成長、発展、進歩。
金持ちになりたい。
他人を蹴落としてまで金を稼ぐという常識。
奴らが作りだした常識。

勝ち組、負け組などと誰が基準を決めたのか。
きれいな服をきて、きれいなマンションに住んで、高給取りで。
そういう生活が良いと誰が決めたのか。
単なる妄想。

人を憎んだり、恨んだり、そねみ、ねたみ。そういった類の人間の
悪感情というのは、そういう妄想から生まれる。
現代人はすっかりその妄想に支配され、破壊的な悪感情に陥ってます。
多くの人がバビロン文明の虜になって暮らしている。

あの人が上、私は下。
バビロン文明に見事にはまって、人を羨み、ねたみ、そねみ。
そして、しまいには、憎んだり、恨んだり。
いったい誰がその価値基準を広めてるのか。
勝手に奴らがマスゴミを使って広めてるだけではないですか。

ワタスは電車通勤の中、障害者の人を見ることがありました。

世の中には障害者がかわいそうなどと言ますが、
よっぽど、あの人の方が勝ち組、私は負け組などと日々、
妄想に心をちりぢりにすり減らして通勤してる我々の方が可哀そうではないか。
すし詰めの電車で通ってる我々の精神の方に障害があるのでは?
その時、そう思ってボーっと電車の窓から見ていたことがありました。

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雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

宮沢賢治さんの有名な詩 「雨にも負けず」です。
でくのぼーといわれ、いつも静かに笑っている人が出てきます。

ワタスは、いつかこのような人になりたいと田舎にひきこもり。
形だけ真似をしている。

もうそろそろバビロン文明にも終わりが来る。

太陽が照って、農作物が育つ。
他に何もいりません。
ありがとうございます。
たった今に感謝する。

いつも静かに笑っている。
ワタスは、雨にも負けずの人に近づけただろうか。
あの日のことを思うと改めてそう思いますた。

本当にありがとうございますた。

これは3.11の時、ジャッキー・チェンさんの呼びかけで香港で開かれたチャリティコンサートの主題歌だそうです。
「雨ニモマケズ(無懼風雨)」 結構良い歌ですね。

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