今甦る がばいばあちゃんの言葉

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さて、初心を忘れないように書きます。
最近は、なんでか流されるままに黄金村をやり、カフェをやったりといろいろ忙しいのですが。
人に会うとなんだか初心を忘れる。

元々、なぜワタスが田舎に引っ越して来たのか。
まぁ、いつもの既知外のひとりごと。
読み飛ばして下さい。

ワタスがいつも言っていることですが、例えば、企業の中で出世する。
しかるべき地位に就く。ステータス、名声を手に入れる。
財産を手に入れる。
たった今でもかなりの人達は、そういうものを求めて頑張っていることでしょう。
かく言うワタスも以前はそういう人間だったので偉そうには言えないのですが。

3.11以降、多くの人が気づくようになった。
企業や国のトップ。
人間の心をなくした連中だった。
そして、その更に遡ると本当に人間ではない。
一番上にいるのは偽ユダヤのキチガイだった。

アルプスの頂上を目指して頑張っている登山家。
やっと頂上近くになったら、山頂では、キチガイと変態が酒盛りパーティをしていた。
奴らが決まった日に行う、キチガイ変態パーティの実体。
今でこそハロウィンなどと子供も仮想パーティをやっているようですがその由来を知っているのでしょうか。
スプラッタームービーも顔負けのエログロナンセンスな世界です。

その昔、そういう事実を知って。ワタスは一時期頭がおかしくなったと思われた時期がありますた。
なんでこんな星に生まれて来てしまったんだろう。
その時は、真剣に悩んだものですた。
会社のトイレの中に何時間も引きこもって、肛門がしなびるまでウォシュレットを浴びていたこともありますた。
M78星雲。ウルトラの星に帰りたい。もう一時たりともこんな星にいたくない。
早く連れて帰ってよウルトラの母。
ブツブツと帰りの電車の中で独り言を言っていた時期もありますた。
通勤途中のOLさんがギョッとしてワタスを見ていたのを覚えています。

あいつは働きすぎで狂ったんだ。
とうとうイカれてしまった。
人々は口をそろえてそう言いますた。

失礼な。
ワタスは目覚めたのですた。

ワタスは気づいたのですた。
富や財産、地位、権威を手に入れようとすることは、すなわち奴らに奉仕していることに過ぎない。
お互いにいがみ合って、出世、地位、ステータス。それを得ようと、がんばればがんばるほど
それは奴らへ奉仕だった。
今まで先頭にたって奉仕してしまった。

ワタスは奴らに一生懸命奉仕していたのか。。
吐き気を催したのを覚えています。

いち抜けた。

その時読んだ本。
ワタスの大好きな島田洋七さんの佐賀のがばいばあちゃん。
その序文だけでもお読みください。
久しぶりに読み返して感動しますた。
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ある夕ご飯の席のことだった。
「ばぁちゃん、この二、三日ご飯ばっかりでおかずがないね」
俺がそう言うと、ばぁちゃんは「アハハハハハハハ・・・・」と笑いながら
「明日は、ご飯もないよ」
と答えた。
俺とばぁちゃんは、顔を見合わせると、また大笑いした。
今から四十年ほど前の話である。

思えば、あれから世の中は急変した。
所得倍増計画、行動経済成長、大学紛争、オイルショック、地価上昇、校内暴力、円高、ドル安、バブル、そしてバブルの崩壊、価格破壊、就職氷河期・・・・・。
「今、世の中はひどい不景気だ」とみんなは言うけれど、何のことはない。

昔に戻っただけだと、俺は思う。
変わってしまったのは、人間の方だ。
お金がないから。
ホテルで食事ができないから。
海外旅行に行けないから。
ブランド物が買えないから。・・・・・そんなことで不幸だと思ってしまうなんて、どうかしている。

リストラされた人は気の毒だと思うけれど、それだってものは考えようだ。
朝八時に起きて満員電車に揺られて会社に行って、働いて、残業して、飲みたくもない酒の席に付き合って、
終電車に乗って帰ってくる・・・・そんな人生から解放される新たなチャンスだと思うことだって、できるはずだ。
それに、今後どう頑張っていこうかと夫婦や家族で話し合うことになるから、コミュニケーション不足なんてこともなくなるんじゃないだろうか。
お金がないから不幸。
今は、みんなが、そんな気持に縛られ過ぎていると思う。

大人がそんな考えだから、子供も健やかに過ごせるはずがない。
ディズニーランドに連れて行ってもらえないから、流行の服が買ってもらえないから、親を尊敬しようとしない。
成績が悪いから、いい学校に入れないから、自分の未来は真っ暗だと思う。
そんな子供ばかり育ってしまい、毎日がおもしろくなくて、将来に希望が持てなくて、少年犯罪も増えてゆくのだ。
本当はお金なんかなくても、気持ち次第で明るく生きられる。
なぜ断言できるかと言うと、俺のばぁちゃんがそういう人だったからだ。

俺は子供の頃、母方のばぁちゃんに預けられていた。
ばあちゃんは、明治三十三年(千九00年)生まれ。
二十世紀とともに人生を生きた、まさにひと昔前の世代だ。
昭和十七年(千九四十二年)、戦中に夫を亡くし、以来、厳しい戦後を佐賀大学とその付属小、中学校の掃除婦をして、五女二男、合計七人の子供を育てて生き抜いてきた。
俺がばあちゃんに預けられたのは、昭和三十三年(千九五十八年)で、ばあちゃんは既に五十八歳だったが、相変わらず掃除婦を続けていた。
裕福なはずはないが、いつもとんでもなく元気で、明るい人だった。
そして俺は、冒頭のような、ばあちゃんとの暮らしの中から、人間の本当の幸せというものを学んできたように思う。

九年前、九十一歳でばあちゃんが大往生してからは、特にばあちゃんの遺してくれたものの存在を、大きく感じるようになった。
今、みんなはとてつもない勘違いをしているんじゃないだろうか。
四十年前までは確かにあった幸せを放棄して、不幸な方、不幸な方へと進んでいる気がする。
みんな道を間違うな!
佐賀の、がばい(すごい)ばあちゃんの話を聞いてくれ!!

幸せは、お金が決めるものじゃない。
自分自身の、心のあり方で決まるんだ。

本当にありがとうございますた。

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